富樫勇樹レポート(5): 父に教わり、bjで磨いた技をNBAの舞台で (宮地陽子)

Written By Yoko Miyaji

身長167cmの富樫が、短時間で3ポイントシュートやフローターを次々に決める姿は、見た人たちに数字以上のインパクトを残した。子供たちは"Toga! Toga!"と富樫に声援を送り、試合後にはアメリカのメディアからもインタビューされた。ハイライト映像があちこちのウェブサイトに掲載されると、会場にいなかった人たちの間でも話題になった。

そんな日から一夜あけて、17日にチーム練習に参加した富樫は、まわりからの注目に気負うこともなく、普段通りの表情だった。

「(16日のホーネッツ戦は)こっちに来てから一番出場時間も多く、その分、実際に点数などで貢献できたので…。ま、でも試合をやっていたときには、(自分の活躍が)そんなに嬉しかったわけでもないんです。ふつうに試合をしていた。逆に、そういう平常心でできたのがよかったのかな、と思います」。

それでも、さすがに16日の試合後は応援メッセージが増えたという。ツイッターで応援メッセージを送ってくれる日本のファンのほかに、モントロス・クリスチャン高時代のチームメイトや友人たちからも、メッセージなどで応援の言葉が送られてきた。

「モントロスの人たちは、たぶん、まず僕がこの(サマーリーグの)メンバーに入っていることで、『え?』という感じだと思うんです。でも、みんな『おめでとう』とか、『もっとステップアップできるように頑張れ』みたいなことを言ってくれています」。

ところで、16日の試合でも2本決めたフローターショット。アメリカ留学していた高校時代に身に着けたと思われがちだが、実は小学校4年のときに、父から教わったシュートだったのだという。

「父からは中学(新潟県の新発田市立本丸中)での3年間もバスケを教わっていたんですけれど、バスケの話で父に言われたことで覚えているのはひとつだけなんです。小学校4年のときに、ゴール下に行ったときに、ちょっと浮かせてシュートを打てっていうことを言われて。小学生のときは適当に上に投げていたようなものだったと思うんですけれど、中1ぐらいにピック&ロールを使ってドライブするようになって、中3のときには、自分の一番の武器になっていたんじゃないかなと思います。その頃の自分にはユーロステップなど、ほかに大きい選手をかわす技術がなかったので、少し手前から高くあげて打つっていう感覚でした」。

モントロス・クリスチャン高のときはコーチが厳格で、できるだけ確率の高いプレーを選ぶように教え込まれていたため、ドライブインすることもあまりなく、フローターを使う機会もなかったが、日本に帰ってbjリーグでプレーするようになり、秋田ノーザンハピネッツの中村和雄監督に自由にプレーさせてもらったことで、中学のときに身に着けたフローターに磨きをかけることができたのだという。

父親から教わり、日本のプロリーグで磨いた技で、アメリカNBAのサマーリーグの舞台で勝負――。

後に続く日本人選手にとっても、夢のある話ではないだろうか。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji


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